Source: IFPMA
Dame Sally Davies:この度、私の同士であり、良き議論相手であり、また友人でもある、IFPMA事務局長Thomas Cueni氏をゲストとして皆さんにご紹介することができ、大変うれしく思っております。
本日は、AMR世界会議を視聴されている皆さん、学界、バイオテクノロジー企業やその他のより確立された企業に対して、製薬業界が薬剤耐性の拡大に対処するために何を行っているかをお話しいただけますか?
Thomas Cueni:2017年に研究開発型製薬企業は、AMRに関するダボス共同宣言と、それに続く政策枠組みに調印しました。この枠組みは、同年のAMRに関する国連ハイレベル会議で施行されました。 業界では、環境への抗菌薬排出量の削減、抗菌薬の適正使用、抗菌薬へのアクセスのより適切な管理、そして新規抗菌薬を創出する必要性、つまり研究開発の必要性を訴えています。
これらのイニシアチブがAMR Industry Allianceの創設につながり、バイオテクノロジー、診断薬、ジェネリック医薬品の分野と、大手バイオ医薬品企業から100社が結集しました。 同連合会では、2年ごとに企業の進捗状況を追跡しています。この4年間、同連合会は医療従事者に抗菌薬の使用をできるだけ控えるよう教育するという点で進歩を示してきました。また、環境排出量を削減するために製造を改善するとともに、新規抗菌薬がまだパイプラインにあってもアクセスを確保すべく企業が取り組んでいることも示されています。 しかし、商業的インセンティブの問題が対処されなければ、強いイノベーションの兆候が途中で止まってしまう可能性があると、同連合会のメンバーは警告しています。
今年、AMRアクションファンド(AMR Action Fund)を立ち上げたのは、そうした理由によるものです。
Dame Sally Davies:AMRアクションファンドとは何ですか?また、業界がこうした行動に出たのはなぜですか?
Thomas Cueni:AMRアクションファンドは、ユニークな取り組みです。私は長年にわたり製薬業界に関わってきましたが、20社以上の企業が力を合わせ、利益につながらないものに投資するために10億米ドルもの資金を拠出するなどという共同イニシアチブは、いまだかつて記憶にありません。
このイニシアチブを立ち上げた理由の1つは、業界が抗菌薬の分野から撤退し、公衆衛生上の期待を理解していないという批判を受けてきたためです。
私たちは業界として、G20やG7、またその他の国連機関間調整グループ会議で、世界銀行やOECDの報告書が検討されているにもかかわらず、ほとんど何も起こっていないことに気が付きました。同時に、政府が動き出すのを待っていては何も進まず、製薬業界がその無策について批判されるのだと悟りました。
さらに、私たちは何年も前から、この分野におけるバイオテクノロジー企業のパイプラインが充実する一方で、大手製薬企業が新規抗菌薬の研究を縮小するのを目にしてきました。大手製薬会社が抗菌薬の分野から撤退していくのです。しかし、それと同時に、抗菌薬の創薬や初期研究には大きな期待が見込まれていたにもかかわらず、この分野のベンチャーキャピタルには「死の谷」があり、市場が見込めないことから、大手製薬企業がバイオテクノロジー企業への参入や投資に関心を示さなかったことにも気付いていました。
AMRアクションファンドは、WHOとCDCの病原体リストに基づいて今後10年以内に2~4剤の新規抗菌薬が承認されるよう、つなぎ資金を提供することで、この部分に大きな変化をもたらします。そして、これによって政策変更を推進する時間を稼ぐことができます。
Dame Sally Davies:抗癌剤が業界の中でも収益性の高い分野であるなら、企業はなぜ、否応なく感染症にかかってしまう癌患者さんたちを守るために新しい抗菌薬を利用できるようにすることで、自社の製品パイプラインを守ろうと考えないのでしょうか?薬剤耐性の増加に伴って医療システム全体が脅かされるのであれば、投資家はなぜ、そこに投資利益を見出さないのでしょうか? 企業や投資家は非常に短期的な見方をしているように思います。この点についてどう思われますか?
Thomas Cueni:それはモラル・ハザードの問題です。抗菌薬研究に投資するよう株主を説得する必要がある場合、実は現在の市場において起こりうる最悪の事態は、投資の償却ではなく、新規抗菌薬の研究を成功させることです。これも私がよく使用する例の1つですが、腫瘍や認知症の研究には魅力的な市場があるとはいえ、失敗率は99.7%にのぼります。しかし、それでも認知症研究には数十億米ドルが投資されています。その理由は、目標を達成できれば投資利益が得られるからです。それに対して、抗菌薬の分野では、目標を達成した方が、最初から参入しなかった場合より損失が大きくなります。これを株主に説明するのは容易なことではありません。
もちろん、そこにはもっと大きな公共の利益があり、新規抗菌薬を軌道に乗せる必要があるということについては、まったくその通りだと思います。しかし、市場経済が変わらなければ、実現は難しいでしょう。 こうした状況において、大手製薬企業に対し、少なくとも短期的には利益が見込めないイニシアチブの創設を説得するのは、骨の折れる作業であったと思います。
Dame Sally Davies:これらの資金の提供先になりそうなのはどこですか?ぜひとも提案書を送りたいという考えている企業は多いと思いますが。
Thomas Cueni:このファンドを立ち上げる前に、なぜ利益を見込めない他社の開発事業を助成する必要があるのか、まだ抗菌薬の分野から撤退していない企業がなぜさらに投資する必要があるのか、といった質問を各社から受けました。
1つはっきりしていることは、このファンドは大手製薬企業の研究助成は行わないということです。 本ファンドは、小規模なバイオテクノロジー企業の資産への投資を目指しており、第II相とそれに続く第III相の開発に投資していきます。また私たちは、CARB-Xやほかの団体が行っていることと重複しないようにしたいと考えています。
これは当然ながら金銭の問題ではありません。ただ単に金銭の問題なのであれば、プランBを実行して抗菌薬研究を国営化すればよいわけです。しかし、それは適切な対応とは言えません。なぜなら、大手製薬企業の方が、リスクの高い研究に投資して投資利益を確実に得られるようにするためのリソースがそろっているからです。
さらに、本ファンドは積極的な投資家として、バイオテクノロジー企業に対し、開発、スキル、及びパイプラインに関するスキルセットと支援を提供し(例えば、損失を出し続ける代わりに、投資を償却できるようにするなど)、薬事、製剤化、スケーラビリティに関する専門知識を提供していきます。
本ファンドには極めて厳格な利益相反に関する規則を設け、世界レベルの独立科学諮問委員会を設置して、独立性が確保されるようにしています。全体的な戦略は理事会メンバーが設定しますが、個別の投資に関する決定について理事会が調査することはしません。
Dame Sally Davies:2020年はAMRにとって転機の年となりますか?
Thomas Cueni:その可能性は十分にあると思います。
一部には、本ファンドの立ち上げをCOVID-19の流行が収束してからにすべきではないかという声がありましたが、私は反対に、COVID-19によってむしろ世界の注意が喚起されていると主張しました。COVID-19の世界的流行に対しては多くの国が十分に備えることができないうちに拡大が始まってしまいましたが、AMRははるか以前から知られており、何らかの対策を取ることができるものです。
かつてKevin Outtersonが述べたように、
「AMRはSARS-COV-2のような津波のごときものではなく、破滅的な運命が待ち受けていることがわかっている氷河の融解のようなものです。
幸いなことに、私たちは何をする必要があるかをわかっており、適切な使用と研究の点で協力する必要があることを理解しています。AMRに関するOECDレポートのタイトル「耐性菌を食い止める:あと少しの投資を(Stemming the tide: just a few dollars more)」を拝借すると、世界経済が毎月3,750億米ドルの損失を出しているCOVID-19の影響と比較した場合、AMRはあと少しの投資で食い止めることができます。しかし、業界にはインセンティブが必要であり、市場を改革する必要があります。
私としては、今後3年から5年の間に変化が見られることを願っています。変化が見られなければ、2020年が私たちの望んだような転機の年とはならなかったことになります。
Dame Sally Davies:COVID-19をAMR対策に利用できると思いますか?利用できるとしたら、政府がAMRに関して行動を起こし、新しいやり方を取り入れるようにするために、どのように利用すべきですか?
Thomas Cueni:COVID-19は私たちの役に立つと思います。なぜなら、多くの人々が将来のパンデミックに対する備えについて論じるようになり、スケーラブルな解決策を提供できるのは力のある製薬業界のみであるという意見に賛同するようになったからです。COVID-19の治療薬やワクチンは、学術機関やバイオテクノロジー企業と協力して大手製薬会社から提供されることがわかっています。
COVID 19は、パンデミックへの備えの重要性を認識させ、世界的なアジェンダでAMRを優先事項とする機会をもたらしました。
私はAMRを「サイレントキラー」と呼んでいます。AMRについて警笛を鳴らす患者団体がいないからです。それでも、行動を起こす消費者が増えていることを喜ばしく思っています。例えば、多くの癌患者さんは癌ではなく二次感染によって亡くなっていることから、UICCではAMRと癌のケアについて論じ始めています。このように、私たちは消費者を動員する必要があります。投資へのインセンティブに対して、より迅速かつ大きな影響を及ぼすことができるのは有志連合だと思います。しかし、公衆衛生やアクセスに関する強力な対策も必要です。ウェルカム・トラスト、欧州投資銀行、そしてWHOと早期に連携を取ったのはそのためです。たとえ研究によって成果が得られても、認定された適正使用と使用禁止措置を取らなければ、はるかに早く新たな耐性が生じてしまう可能性があるからです。しかし、私は楽観主義者ですので、2020年は良い方向に変わる転換の年になりうると信じています。
Dame Sally Davies:AMRにとって今年が重要な年になりうるという点で意見が一致したところで、区切り良く話を終えたいと思います。
最後に視聴者の皆さんにお願いです:あなたも変化をもたらすことができます。ぜひAMRを食い止めるための取り組みに参加し、手を貸していただきたいと思います。
Thomas B. Cueni