出典: Innovation.org
今年は11月18日~24日となる米国抗菌薬啓発週間(U.S. Antibiotic Awareness Week:USAAW)は、抗菌薬の処方と使用を改善するために誰もができることを啓発する年1回の行事です。
20世紀まで、医師が肺炎や結核をはじめとする細菌感染症などの感染を撃退する手段はほとんどありませんでした。引っかき傷のような小さな傷でも、有効な治療法がない「血液中毒」と呼ばれる状態になることがあり、死亡することも少なくありませんでした。つまり、人類の歴史の大部分では、感染症が主な死因となってきたということになります。1900年には、感染症が米国の死亡の3分の1以上を占め、そのうち40%が5歳未満の小児でした。
こうした状況は、1920年代後半に抗菌薬が登場したことで一変しました。これらの治療薬には、細菌や真菌によって生成され、競合する微生物を死滅させたり抑制したりすることができる化合物が含まれています。最初期の例の1つは、Alexander Flemingがペトリ皿の1つでカビの塊が黄色ブドウ球菌の増殖を防いだのに気付いたことで偶然発見されました。まもなくFlemingは、このカビがほかの細菌の殺菌にも有効であることを発見し、10年後、この新しく発見された薬剤による最初の患者の治療に成功しました。この薬剤は、もととなったカビの学名であるPenicillium notatumにちなんでペニシリンと科学者により名付けられました。
抗菌薬の発見は、疾患との闘いに革命をもたらし、今日の公衆衛生における最大の成果の1つとなっています。
現在、感染症は米国における死亡全体の5%未満となっており、抗菌薬は人工関節置換術、臓器移植、がん治療など数々の医学的進歩を支えてきました。ところが、数十年にわたって肺炎や結核をはじめとする感染症による死亡率の低下に抗菌薬が役立てられてきたにもかかわらず、現在、これらの患者さんは脅威の高まりに直面しています。
薬剤耐性(AMR)は、細菌、ウイルス、真菌、及び寄生虫などの微生物が変化し、感染症の治療に使用される薬剤がそれらの新たな株に対して無効となることで生じる自然なプロセスです。肺炎、結核、血液中毒、淋病、食物媒介性疾患など、現在利用できる医薬品がこれらの感染症を引き起こす微生物の新たな耐性株に対して効かなくなることにより、治療が困難、あるいは場合によっては不可能になりつつある感染症が増加しています。米国では毎年280万件を超える薬剤耐性感染症が発生しており、その結果3万5千人以上が死亡しています。薬剤耐性株であるクロストリジウム・ディフィシルは、2017年だけでも1万2千件を超える死亡と関連付けられています。COVID-19の世界的流行も、AMRの増加に関して破滅的な事態を引き起こしました。人工呼吸器を使用している長期入院患者には、院内感染肺炎や人工呼吸器関連肺炎、血流感染症、尿路感染症、クロストリジウム・ディフィシル感染症などの二次感染を予防し、管理するために抗菌薬が必要になりました。
こうした現状を打開するため、進化する微生物の防御力に対抗する新たな抗菌薬の研究がバイオ医薬品研究者らによって行われています。しかし、薬剤耐性感染症に対する新たな治療薬の現在のパイプラインは、いくつかの問題によってこの分野の研究開発が遅れていることにより不十分な状態となっています。
まず、新しい抗菌薬は従来のものより価格が高いことが多く、包括支払い制度によって多くの病院がジェネリック医薬品の使用を推進しているということが挙げられます。ジェネリック医薬品は、価格が比較的安い一方、最善の治療法ではない場合があります。さらに、適切に設計された適正使用支援プログラムにより、新しい抗菌薬の使用が最も必要な症例のみに制限され、新製品に見込まれる収益が制限されています。その結果、企業が新規治療薬(多くの場合、費用と時間を要するプロセス)を開発する際、投資を回収することが難しくなる可能性があります。こうした持続不可能な市場に直面し、多くの企業が新規抗菌薬に関する研究をやめたり縮小したりしており、小規模企業の中には完全に廃業してしまったところもあります。
今すぐ行動を起こし、緊急に対応する必要があります。現在市販されている抗菌薬は、すべて1984年以前に発見された抗菌薬カテゴリーに基づいています。その結果、微生物は多くの種類の抗菌薬に対して耐性を獲得することが可能となりました。また、COVID-19の例からわかるように、自然は科学よりも速く進化することができます。薬剤耐性感染症に関する世界銀行の2017年の報告書での推定によると、対策を取らなければ、2050年までにAMRによって年間1,000万人の命が奪われる可能性があり、がんによる死者数を上回る可能性があります。
この問題に対処するため、今年、20社以上の研究開発型製薬企業により、最も有望な初期開発段階の抗菌薬の開発を支援する10億米ドルのAMRアクションファンド(AMR Action Fund)が設立されました。
同ファンドは、最も優先度の高い公衆衛生上のニーズに対応する革新的な医薬品に重点を置き、2030年までに2~4剤の新規抗菌薬を製品化することを目指しています。また、抗菌薬の研究開発と商品化のための持続可能なエコシステムを支援できる政策改革の推進にも取り組んでいく予定です。例えば、抗菌薬耐性微生物の革新的戦略の策定に関する法律(Developing an Innovative Strategy for Antimicrobial Resistant Microorganisms Act:DISARM法)は、メディケアによる抗菌薬の償還を改善し、抗菌薬の適正使用を促進すると考えられ、2020年に制定された急増する耐性に終止符を打つための先駆的な抗菌薬サブスクリプション制度に関する法律(Pioneering Antimicrobial Subscriptions to End Upsurging Resistance Act:PASTEUR法)は、新規抗菌薬が市場で生き残り、さらなる医薬品の開発が促進されるのに役立つレベルの価格で革新的な抗菌薬が購入されるサブスクリプションモデルを策定します。
新しい抗菌薬や抗真菌薬の開発をできなくするような破綻したシステムを政策立案者が修復できなければ、新薬に投資する取り組みは不成功に終わり、感染症による死亡が日常茶飯事であった時代に逆戻りする恐れがあります。20世紀における抗菌薬治療の偉大な成果が、今後数年間のうちに失われることがないようにするためには、支援的な政策、処方習慣の変更、及び新規治療薬への持続的な投資を含めた、複数のステークホルダーによる取り組みが必要となります。