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薬剤耐性感染症の「サイレント津波」に備える...

作成者: Admin|Nov 19, 2020 8:58:00 AM

出典: Financial Times

薬剤耐性感染症の「サイレント津波」に備える国々

抗菌薬が医療に革命を起こしてから半世紀以上がたち、過剰使用が既存の治療薬の有効性を脅かす一方、代わりとなる薬剤のパイプラインは希薄になっています。

製薬会社のアストラゼネカが6年前にバンガロールの研究開発センターを閉鎖した時、地元の科学者の一部は近隣の新興バイオテクノロジー企業で新たな職を得ました。それ以来、これらの科学者はインドや世界各国の医師が懸念する抗菌薬への耐性増加による治療への影響という問題に取り組んできました。

Bugworksの最高責任者であるAnand Anandkumar氏にとって、この問題は個人的なものとなっています。優れた感染症専門医であった彼の父親は、心臓の治療後に薬剤の効かない肺炎桿菌に感染して亡くなりました。また、彼の共同創設者は、病院内での致死性の大腸菌感染で子どもを亡くしました。

「これはサイレント津波です」とAnandkumar氏は言います。「私たちは最大のスーパー耐性菌問題に直面しています。3年から5年後には、インドの多くの病院が、確実に命にかかわるという場合を除き、手術を遅らせるようになるでしょう。これがパンデミックでないのなら、何だというのでしょうか?」

この課題は、実質的に彼のような限られた数の研究者に託されています。アストラゼネカのような大企業は、より収益が上がる医薬品開発ラインを優先し、既存の抗菌薬に対する権利を売却してきました。その結果、新規抗菌薬の創出という穴を埋めるべく取り組むのは、Bugworksのような小規模企業のみになっています。

こうした小規模企業にとって、持続可能な財務モデルを見つけるのは困難であることが明らかになっています。例えば、昨年は、革新的な抗菌薬であるplazomicinの承認を米国で取得していたバイオテクノロジー企業のAchaogenが、投資家からの支持を得るのに十分な収益を生み出すことができず、事業を打ち切りました。

最初の抗菌薬が医療に革命を起こしてから半世紀以上がたち、過剰使用が既存の治療薬の有効性を脅かす一方、代わりとなる薬剤のパイプラインは希薄になっています。進展の兆しはあるものの、そのスピードは遅く、コロナウイルスの世界的流行に全世界の注目が集中したことでさらに減速しています。

包括的なデータは不足していますが、世界保健機関では薬剤耐性を人類が直面する公衆衛生上の脅威のトップ10に挙げています。米国疾病対策予防センターによると、米国だけでも年間280万件以上の症例が発生し、3万5千人以上が死亡しています。国連は、2050年までに全世界で年間1,000万人が薬剤耐性感染症によって死亡すると危惧しています。

この状況を加速させている重要な要素の1つは誤用です。 多くの国では、薬の入手があまりにも簡単であり、処方なしで安く手に入ります。偽造医薬品や低品質の医薬品は、病原体を死滅させる有効成分の量が不十分であり、耐性菌の発生を助長する結果となっています。

多くの患者は全量を購入する経済的余裕がなかったり、あるいは特に副作用がある場合などは体調が改善すると服用をやめてしまったりし、治療が不完全になっています。しかし、たとえ患者が医師の診察を受けて指示通りに服薬したとしても、医師が不適切な処方をすることも多く、例えば細菌感染症ではなくウイルス感染症の治療に抗菌薬を処方する例が頻繁に見られます。

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病院では多くの院内感染が発生しています。これは、一部の患者が菌を持ち込み、ほかの人に伝染することによるものであり、検出、隔離、衛生、及び管理措置が不十分であることを反映しています。ケープタウン大学Groote Schuur病院の感染症・HIV診療科部長であるMarc Mendelson氏、次のように述べています。「南アフリカでは、人口6千万に対して感染症専門医の数は42人です。私が以前訪問したイタリアの病院には、それより多くの感染症専門医がいました。感染症治療には、微生物専門家、検査へのアクセス、診断能力が必要です。民間の医師には何でも抗菌薬で治療しようとする人が大勢います」。

同氏は、ツールや医療リソースが不十分であることに加え、公衆衛生、清潔な水、そして幅広い社会的要因といった問題が根底にあり、世界の貧しい地域で感染症が蔓延する要因になっていると指摘しています。 「低所得国や中所得国における感染症の大きな負担が、すべての根本的要因となっているのです」と同氏は述べています。

しかし同時に、フードチェーンも薬剤耐性を促進しています。コリスチン(いわゆる最後の砦となる抗菌薬)などの救命薬は、動物の感染症を減少させ、成長を促進します。ヒトや家畜から出る排水により、薬剤が水系に流入します。 また、抗菌薬は農作物の栽培にも使用されており、特に東南アジアや中国において米やその他の作物の生産に多く使用されています。

このような緊迫した状況にもかかわらず、バイオテクノロジー企業F2Gの最高医学責任者であり製薬業界で長い経験を持つJohn Rex氏は慎重な楽観論を示しています。「10年前と比較すると、私たちの立場は驚くほど強くなっています」と同氏は言います。いくつかの科学的イニシアチブや政府間イニシアチブが意識の向上をもたらし、一連の改革につながったと同氏は指摘しています。

グローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ(Global Antibiotic Research and Development Partnership:GARDP)やCARB-Xを通じて、抗菌薬に関する初期科学研究を後押しする新たな「プッシュ型」の資金提供や調整が行われており、バンガロールのBugworksもCARB-Xから資金提供を受けています。製薬業界は先ごろ、治験薬の後期臨床試験を行う企業を支援する、10億米ドル規模のAMRアクションファンドを立ち上げました。

しかし、新たに承認された抗菌薬の大きな牽引力となる「プル型」の報奨については、まだ手付かずのままです。そこで、通常は使用量と連動している新薬開発企業への報酬を、そこから「切り離す」という考え方が示されています。代わりに、有効な革新的医薬品を製品化するだけで相応の金額を前払いで受け取ることができるようにし、そうした医薬品が広く処方されるのを阻止することで、耐性発現のスピードを遅らせるようにします。Rex氏は、社会が使用する必要がないことを願いつつ投資するものという意味で、このシステムを消火器や生命保険に例えています。「備えというのは非常に地味なものですが、そこに積極的に投資する必要があります」と同氏は述べています。

英国のNHSでは、新規抗菌薬について、処方数量にかかわらず年間最大1,000万ポンドの報奨を支払うという試験的な取り組みを行っています。同様なプロジェクトがスウェーデンでも進行中であり、米国のPASTEUR法案が可決されれば革新的医薬品に対して計100憶米ドルのインセンティブが前払いされるようになります。

しかし、新たな抗菌薬の開発を刺激するためにお金を出すだけでは十分ではありません。plazomicinが米国で承認された後に同薬の権利を買い取ったインド企業シプラのYusuf Hamied社長は、依然として規制の壁が高すぎる、と述べています。また、同氏は既存の抗菌薬の「ブースター」や吸入剤を開発して、必要な薬剤量を減らしていくことも提案しています。

どの薬剤がどれだけ必要かをより迅速に高い信頼度で安く判定できる新たな診断法や、既存の治療がより適切に使用されるよう医療システムによる「適正使用」を促進する新たな実施基準を開発するには、経済的インセンティブも必要です。

フードチェーンに圧力をかけるため、ファンドマネージャーのJeremy Collerは、生産者やレストランに対してより持続可能な生産方法(抗菌薬の排除など)への切り替えを求める投資家向けに、FAIRR(Farm Animal Investment Risk and Return)を創設しました。それに加えて法律や消費者からの圧力により、マクドナルドなどの企業が対応しています。

これとは別に、オックスフォード大学のTimothy Walsh教授は、ヒトに必要な薬剤を農家が使用しないようにしていくため、動物用抗菌薬の研究を行っています。「ヒト用の新しい特効薬の開発に10億米ドルをかける代わりに、養鶏をはじめとする農畜産業や水産養殖に使用できる新たな化合物の発見に取り組んでいます」と同教授は述べています。

規制当局が銀行に対する気候変動の財政的リスクの精査に乗り出したように、IMFは薬剤耐性が国に及ぼす危険に注意を向けるべきです –Jim O’Neill

農業における抗菌薬の使用を制限する新たな規制が、米国、EU、及び中国で導入されましたが、Walsh教授は、これらの国の製造業者が薬剤を添加した家畜用飼料を規制の緩い国へ再輸出できるようになっているなど、抜け穴が残されていると主張しています。

一方、抗菌薬に対する細菌の耐性化は不可避であり、それよりもまず髄膜炎などの細菌感染症の蔓延を防ぐために、既存ワクチンの使用や新規ワクチンの開発を増やしていくことに重点を置くべきであるとする意見もあります。

抗菌薬耐性についての影響力あるレビュー作成を主導したJim O’Neillは、規制当局が銀行に対する気候変動の財政的リスクの精査に乗り出したように、IMFは薬剤耐性が国に及ぼす危険に注意を向けるべきであると主張しています。「IMFは、医療システムの耐久力と質について独立した意見を述べるために、専門知識を身につけていく必要があります」と同氏は述べています。

2021年のCOP26国連気候変動枠組条約締約国会議やG7の開催準備を進めている英国や、G20の議長国となるイタリアは、抗菌薬耐性に焦点を当てるべきであるとO’Neill氏は言います。「G7で主要国が合意したとしても、G20でインドや中国の同意が得られなければ、いったい何ができるというのでしょうか?」とO’Neill氏は述べています。