出典: wellcome.org

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

絶えず進化を続ける細菌から確実に身を守ることができるようにするためには、新たな抗菌薬を開発し続ける必要があります。しかし、経済的な要因に妨げられて、必要なイノベーションの創出ができなくなっており、それによって抗菌薬市場は弱体化してきています。政府、製薬企業、及び慈善団体は、抗菌薬市場を改革して救命につながるこれらの医薬品の持続可能な供給を確保するため、今すぐ行動を起こす必要があります。

抗菌薬は、医療の歴史における最大の成功事例と言ってもよいかもしれません。Alexander Flemingがペニシリンを発見して以来、同様な薬剤が多数開発され、その結果、かつては命に関わる病気であった細菌感染症が容易に治療できるようになりました。

この医療革命は、扁桃炎のような軽い病気や肺炎のような重篤疾患まで、感染症の治療の域をはるかに超えて拡大しています。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

また、抗菌薬によって、多くの医療処置が以前よりはるかに安全にできるようになりました。帝王切開から人工股関節置換術や臓器移植まで、あらゆる手術は日和見細菌による感染にさらされる可能性があります。癌患者さんでは、化学療法によって免疫系が弱まり、感染リスクが高くなります。そのため、ちょっとした切り傷でも感染の危険にさらされる可能性があります。

こうしたあらゆる危険に対し、抗菌薬は極めて重要なセーフティネットを提供することができます。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

抗菌薬は、現代医療の基盤であると言っても過言ではありません。しかし、これらの基盤は崩壊の危険にさらされています。

細菌は変化するー人類も変化する必要がある

問題は単純であり、細菌は進化するということです。細菌は驚くべき速さで増殖し、変異します。そしてこうした変異の一部は、私たちが殺菌に使用する抗菌薬に抵抗する助けとなります。そのため、科学者が新たな抗菌薬を生み出しても、細菌がそれに打ち勝つ方法を見つけるのは時間の問題です。

これは常に起こってきたことであり(Flemingも自身の研究室で実際に目にしています)、それに対する解決策も変わっていません。つまり、既存の抗菌薬の使用をできるだけ控えると同時に、新たな抗菌薬を開発し続ける必要があります。

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20世紀の大半は、新規抗菌薬の開発という、この問題の半分を非常にうまく解決することができていました。科学者らは、多種多様な抗菌薬を医師が使用できるようにし、常に更新し続けることによって、1つの抗菌薬が効かない患者さんがいても、ほかにたくさんの選択肢がありました。

しかし、この数十年は失速しています。現在、新規抗菌薬は以前より少なくなっており、また、革新性も低くなっています。1980年以降に市場に投入された数は限られ、それらは既存の薬剤を少し改変させたものでした。これらの抗菌薬も有用ではありますが、類似性が高いということは、すでに従来の抗菌薬に対して耐性がある細菌にはそれほど有効でないということになります。

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そして、細菌は常に進化を続けています。つまり、常に新たな耐性の傾向が見られるということであり、これは私たち人類全体の行動と使用によって加速しています。

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こうしたことから、これまでは多少不便になる程度にとらえられていた一般的な感染症や怪我が再び命を脅かすようになり、多くの医療処置に伴うリスクが高まってきています。

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抗菌薬の開発方法-そして失敗の理由

新しい抗菌薬を生み出すには、時間と費用がかかります。通常は10~15年を要し、その費用は10億米ドルを超えます。

抗菌薬の開発では、まず始めに検討する価値があると思われる物質を特定する必要があります。次に、その特性と作用を調べるための実験を一定期間行った後、動物モデルを使った試験を行います。

その後、ヒトを対象とする臨床試験を開始します。通常、臨床試験には3つのフェーズがあります。まず、複数の用量で安全性を確認する小規模な第I相試験を行います。次に、新しい抗菌薬の安全性をより詳しく評価し、効果があるかどうか確認する、より大規模な第II相試験を行います。それから、既存の治療法と比較して効果や副作用がどのくらい続くかを調べる、さらに大規模な第III相試験を行います。

それを終えたら、政府の規制当局から承認を得る必要があります。

承認が得られたら、患者さんの命を救うために使用してもらえるよう、医師や医療機関に対するマーケティングを開始することができます。ただし、ここまで到達できるのはまれであり、大多数は途中で頓挫します。抗菌薬の開発は、あらゆる段階で失敗する可能性があります。失敗した場合、その成果は行き止まりの道の詳細な地図のみということになります。

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開発プロセスの開始時点で、候補物質が上市までたどりつく確率は70分の1です。

開発プロセスが進むにつれてその確率は高まるものの、この数字を見れば抗菌薬開発がリスクの高い事業であることがわかります。高い失敗率に耐えられる潤沢な資金がなければ、こうした事業に乗り出すのに二の足を踏むことでしょう。

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もう1つの問題は、たとえ成功したとしても、まだ失敗する可能性があることです。Achaogenという企業は、まさにそうした運命をたどりました。

Achaogenは、2002年に設立された小さな製薬会社でした。同社では強力な科学者チームを組み、政府や慈善団体から資金提供を受けて、15年にわたる懸命な取り組みの末、Plazomicinという新しい抗菌薬を発売しました。Plazomicinは、最も一般的な薬剤耐性感染症の1つである尿路感染症の治療薬として初めて承認を受けました。

ところが、Plazomicinの売上高は惨憺たるもので、初年度の売上は100万米ドルに届かず、莫大な開発費を回収するには程遠い数字でした。関節炎の治療薬であるヒュミラと比較してみると、ヒュミラの2018年の売上高は190億米ドルを超えています(新しいタブで表示)。Achaogenの株価は落ち込み、同社は2019年に破産を申請しました。科学的には成功したものの、経済的には失敗に終わったことになります。

Visual with icons and text describing how Achaogen has collapsed after discovering a new antibiotic.

抗菌薬開発企業に対して経済はどのように作用するか

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?新規抗菌薬がそれほど貴重なリソースであるなら、世界中の医療機関がこぞって購入するはずではないでしょうか?

残念ながら、ことはそれほど単純ではありません。新規抗菌薬の使用は、耐性発現を遅らせるため、その使用は最終手段となる症例に限定されます。その結果、ほかの多くの医薬品に比べて需要が低迷し、売上が限られ、価格が低くなります。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

例えば、あなたが医師であったとしましょう。あなたは患者さんを守り、適切な治療を提供したいと考えていますが、その一方で、将来患者さんを治療し続ける能力も温存したいと思っています。そして、抗菌薬を使用する人が多いほど、細菌が耐性を発現する可能性が高くなることを認識しています。その結果、抗菌薬の処方はできるだけ控え、本当に必要な場合に限って少量のみを処方することになります。

これは、細菌にまだ耐性がない新規抗菌薬について特に言えることです。新規抗菌薬は、従来の(通常はるかに安価な)抗菌薬が無効であった場合の最終手段として取っておきたいものだからです。

こうした対応は医学的には理にかなっていますが、経済面では新規抗菌薬は開発に多額の投資を行った企業にそれほど多くの利益をもたらさない可能性が高くなります。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

こうした経済的リスクにより、大手製薬企業ですらこの分野から撤退しつつあります。

1990年当時、抗菌薬の開発を行っているグローバル製薬企業は18社ありました。それが現在はわずか5社となっています。また、承認される新規抗菌薬の数も減少しており、1980年には年3剤であったものが、1990年には年2剤となり、2000年以降は年1剤未満まで減少しています。

現在、抗菌薬開発市場は中小企業が大多数を占め、学術機関も相当数を占めています。こうした企業や機関は健闘してはいるものの、その大多数はまだ早期段階にあります。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

抗菌薬開発における失敗率の高さにより、臨床試験に進めるのは10%程度で、ほとんどは臨床試験に進めません。そのため、臨床試験が行われている抗菌薬は全世界でわずか40程度となっています。そして、これらの後期試験こそ開発プロセスの中で最も費用がかかる部分であり、大手製薬企業のリソースとインフラが必要になってきます。

中小企業や学術機関には、避けられない数々の失敗に持ちこたえ、より成功が見込めそうな新薬を発売までこぎつけて、最終的に売上げが想定より伸びなくても長期的に存続していけるだけのリソースはありません。

抗菌薬市場を変革するための新たなアイディア

抗菌薬市場は破綻しています。優れた科学の才能が確実に活かされ、命を救うことにつながるよう、製品に対する企業への補償方法を見直し、再設計する必要があります。

この点については、すでにある程度の成果が出ています。近年、抗菌薬の初期開発段階の市場は、CARB-Xなどのイニシアチブのおかげで、新たな参入を促すような形に改革が進んでいます。

CARB-Xは、政府とウェルカムなどの慈善団体とのパートナーシップであり、前臨床開発と第I相試験におけるイノベーションを促進するために資金を提供しています。CARB-Xでは、創出された製品の市場性がまだ見通せない段階において、小規模企業がブレイクスルーを遂げるために必要な資金を提供しています。これまでに、16の新規クラスの抗菌薬候補を含む64のプロジェクトに2億4,000万ドル以上の投資を行ってきました。しかし、こうした投資や進歩は、すべて失われる恐れがあります。

これらの初期段階で有望な結果が得られても、最終的に成功する保証はありません。そこで、後期段階に目を向ける必要があります。

世界各国の政府、企業、慈善基金によって、いくつかの選択肢が協議されています。その中には以下のようなものがあります:

  • 保険料モデル。 価値ある抗菌薬が開発された場合、そのアクセスへの見返りとして、政府が製薬企業に年間定額料金を支払うことを約束すれば、製薬企業がこの分野で継続的な取り組みを行っていく上で支えとなる安定した収入源となります。英国政府は、この先駆的なスキームを政府として初めて導入し、製薬企業に製品に対する前払金を支払うことで合意しています。
  • 連携による試験の簡素化。 臨床試験は複雑で多額の費用がかかります。そのため、恒久的な臨床試験ネットワークを確立することで、時間と費用を節約できる可能性があります。こうしたネットワークがあれば、企業は毎回新たに実施医療機関を設定する必要がなくなり、迅速に試験を開始することができます。また、これらのネットワークで対照群や先行試験のデータを共有することも可能です。ウェルカムなどの団体は、こうした手法が結核、HIV、及びマラリア治療薬の試験費用削減に有効であったことから、このアプローチを推奨しています。
今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

このように、改善に向けたアイディアはたくさんあります。すべてが期待通りに機能するとはいかないかもしれませんが、現在の市場が確実に破綻しつつあることを考えると、イノベーションを実践に移していくことがすべての人の健康にとって不可欠です。私たちの命を脅かす細菌は、常に進化し続けています。したがって、経済モデルも進化させる必要があります。

民間部門だけで抗菌薬市場を救済することはできません。それは政府だけでも慈善基金だけでも不可能です。世界中の新規抗菌薬の供給を確保し、現代医療によって引き続き命を救っていけるようにするためには、皆が協力して取り組んでいく必要があります。

今こそ抗菌薬市場を是正すべき時

先ごろ始動したAMRアクションファンド(新しいタブで表示)は重要なマイルストーンであり、抗菌薬開発の是正に向けた製薬業界の重大なコミットメントを示すものです。AMRアクションファンドは、製薬企業の主導による約10億米ドルの投資ファンドであり、抗菌薬の開発者が後期開発段階に進む際に直面する資金面でのギャップを埋め、薬剤耐性感染症の新たな治療を最も必要とする患者さんが利用できるよう橋渡しすることを目的としています。今後15年間で2~4剤の新規抗菌薬を製品化することを目指しており、23社の大手グローバル製薬企業から資金提供を受けています。

これこそまさに、抗菌薬を守るために非常に必要とされている思い切った対策と言えます。しかし、これほどの膨大な資金と業界の協力という偉業さえも、長期的な持続の実現には十分ではありません。大規模な取り組みではありますが、今後10年間に現れる最も有望な革新的抗菌薬のいくつかに対して、一時的なつなぎ資金を提供する以上のことはできません。抗菌薬に対する補償の改善と安定した市場を通じて真に持続可能な解決策を提供できるのは政府だけです。したがって、ここで政府にシステムを抜本的に是正するための対策を取ってもらう必要があります。

2020年に人々の注目がCOVID-19に集中したのは無理からぬことですしかし、その他の健康上のリスクがなくなったわけではありません。世界中の国々で薬剤耐性感染症による死者が出続けており、COVID-19の入院患者のほぼすべてで治療の一環として抗菌薬が必要となっています。そして、それを食い止めるための対策を取らなければ、犠牲者は増えていくばかりです。この2020年という年から学ぶべき教訓の1つは、緊急事態に陥る前に解決策を見つけるのが次善の策であるということです。

ぜひとも力を合わせ、抗菌薬のサクセスストーリーの続きを共に描いていきましょう。

Ryan Chapman/ウェルカム